大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)317号 判決 1965年5月12日
原告 境野清雄
被告 近江絹糸紡績株式会社
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判。
一、原告。
(1) 一次的請求。
被告の昭和三八年一二月二三日の第八七回定時株主総会における
(一) 第八七期営業報告書、貸借対照表、損益計算書、利益金処分案を原案どおり承認する。
(二) 森利政、松本達雄を取締役に選任する。
(三) 芦苅直巳を監査役に選任する。
(四) 退任取締役丹波秀伯、同江口見登留、同西村貞蔵および退任監査役青木一男に対して、それぞれ慰労金を贈呈することとし、その金額、時期、方法等については、取締役会に一任する。
旨の決議(以下単に本件決議と略称し、尚その一部分を引用する場合は、例えば、本件(一)の決議なる表現方法を用いる。)が存在しないことを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
(2) 二次的請求。
本件(一)ないし(三)の決議を取り消す。
本件(四)の決議が無効であることを確認する。
訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 三次的請求。
本件(四)の決議を取消す。
二、被告。
主文と同趣旨。
第二、一次的請求の原因
一、原告は、被告の一一万株の株式を所有している。
二、被告は、昭和三八年一二月二三日午前一〇時、本件決議の各議案付議のため、請求の趣旨記載の第八七回定時株主総会を招集した。
三、しかしこの総会は次のような状況の下に唯混乱に終始したのであり、権限ある議長が適法に開会を宣した事実もなく、又議案の採決の行われた事実もないのであつて、本件決議など存在する筈がないのである。すなわち、
(1) 開会の以前より私服の警官が議場を固めて不愉快な空気に包まれ、又開会を宣したものは総務部長吉田耕造であつた。そのため多数の株主から異議が述べられたので、代表取締役社長高見重雄が議長席につき、議事に入ろうとした、しかし同人には元来公正な議事運営を期待できないため、一株主から議長不信任動議が提案され、圧倒的多数の支持により不信任案が可決され、午前一〇時三〇分一旦休憩に入つた。
(2) ところがその後暫くして大阪府警の機動隊約一個分隊が議場の廊下につめかけ、来会者に無用の刺戟を与えた後、午後〇時三〇分高見社長が再び議長席につき、再開を宣したので、株主達の憤激を買い、議場騒然となつたに拘わらず同社長は本件(一)の議案の標題のみを読み上げ、多数の反対の声を押し切り、議案の内容の朗読もせず、勿論監査役の報告もないままで裁決も行わずに可決の旨を絶叫し、之によつて生じた議場の混乱により同社長は着席後三分余りで別室に引上げた。
(3) ところが同人は暫くして私服の警官に取り巻かれて、又もや議長席につき、右(一)の議案の標題のみを朗読し、前同様採決もとらぬままで満場の異議も黙殺して可決を宣し、続いて矢継早に本件(二)ないし(四)の各議案の標題のみを読上げ可決と連呼し、最後に全議案承認可決と告げて退席したのであつて此の間僅かに数分の出来事であつた。
以上の次第であつて、各決議の不存在は明らかであるに拘わらず、被告は、本件決議がなされたとし、株主らに対してその旨の通知を発し、その執行に移りつつある。
第三、右に対する被告の認否。
第一、二項は認める。
第三項は、そのうち、被告が本件各決議がなされた旨の通知を株主らに対して発し、その執行に移りつつあることは認めるが、その余の事実は否認する。
第四、被告の主張
本件各決議は、いずれも適法にされたものであるが、その経過は、つぎのとおりである。
一、本件株主総会の出席株主の議決権総数は、四三、一八四、二〇三個であり、被告の発行済株式総数は六、〇〇〇万株であるので、定足数に達していた。
二、総会は、代表取締役高見重雄が議長となり、開会が宣言されたが、その際議場が混乱したので、午前一〇時一五分休憩となつた。
三、ついで午前一一時五五分、総会は再会され、第一号議案の計算書類の承認の件が上程され、議長が採決を求めたところ、絶対多数をもつて原案どおり可決され、ここに、本件(一)の決議がなされた。
四、その直後一部株主が被告の役員に対して暴力行為にでたため議場が混乱したので午後〇時五分休憩となつた。
五、ついで、午後〇時二五分、総会は再開され、第二号議案の取締役選任の件が上程され、絶対多数をもつて、本件(二)の決議がなされた。しかし、そこで更に暴力行為が発生し議場が混乱したので、午後〇時三五分休憩となつた。
六、ついで、午後〇時四〇分、総会は再開され、第三号議案の監査役選任の件が上程され、絶対多数をもつて、本件(三)の決議がなされた。
七、更にひき続き第四号議案の退職慰労金贈呈の件が上程され、絶対多数をもつて、本件(四)の決議がなされ、午後〇時四五分総会は終了した。
第五、二次的請求の原因。
一、仮に本件決議が存在するとしても、そのうち(一)ないし(三)の決議には、つぎのとおりのかしがあり、決議の方法が法令若くは定款に違反し、または著るしく不公正であるから取り消さるべきものである。
(1) 前述のとおり総会の開会直後、議長不信任案が圧倒的多数をもつて可決されたのに拘らず、議長である高見重雄は、これを無視し、総会終了まで議長として行動している。
(2) 右総会は、罵声、怒号により、出席株主には、殆んど議事の進行内容が判らない情況に終始し、しかも、議長は、議案について意見を述べようとする者があつても、これを無視して手続を進めたのであり、議案について適正な審議がなされていない。
(3) 同総会には、被告会社の株主で、総務部長である訴外吉田耕造が、被告会社に委任状を提出したすべての株主の委任を受けて出席した。しかし、これらの委任状は、議案に対して賛成反対双方のものがあつたので、右受任行為には違法の疑があり、少なくとも不公正たることは免れない。
(4) 右吉田耕造が受任していた議案に対する賛成の議決権数が、当日の出席株主総数の過半数を占めていたことから、議長は、同訴外人が賛意を表すれば、議案が可決されることを知つていたので、議案の決議にあたつては、同人の賛成の意思表示だけを求め、他の出席株主の賛否を問わなかつた。
二、本件(四)の決議の議案が提出されたのは、前社長である訴外丹波秀伯に対して、数千万円の業務上横領について捜査が進展していることから、同訴外人に、右横領額にみあう退職慰労金を与えることにより、被告会社の損害の埋め合せをし、同訴外人の不正行為を正当化しようとするためであり、これは明らかに法律の許容しないところであり、右決議は無効である。
第六、二次的請求の原因に対する被告の認否および答弁。
右主張事実中、総務部長吉田耕造が賛否双方の株主の委任を受けて出席し、各議案に賛成の旨の議決権を行使したこと、およびその委任者の中では、各議案に賛成の議決権数が出席株主のそれの過半数を占めていたことは認めるが、その余はすべて否認する。
右吉田は、委任者である株主の指示した委任事項どおりに議決権を行使したのであり、委任者の利益を害するおそれはないから、賛否双方の株主の委任を受けて議決権を行使することは、何ら不公正ではない。
第七、三次的請求の原因。
仮に、本件(四)の決議が無効でないとしても、この決議についても、本件(一)ないし(三)の決議について主張したのと同様のかしがあり、決議の方法が著るしく不公正であるから取り消さるべきものである。
第八、三次的請求の原因に対する被告の認否および答弁。
前記第六記載と同趣旨。
第九、証拠<省略>
理由
(原告の一次的請求に対する判断)
前掲事実摘示欄「第二」に記載の事実は、同「第三」記載の限度において当事者間に争いがない。
証人吉田耕造の証言によつて成立が認められる乙第一号証に当事者双方の援用する各証人の証言を総合すると、つぎのとおり認定することができる。
本件株主総会の状況は、被告主張のとおり定足数に達して開会されたが、私服及び制服の警察官の出頭を求めなければならぬ程に騒がしく、暴力行為まで発生し、各議案の説明や質疑も行われず、賛否の数も計算できない程であつたから、十分審議を尽したものと謂えないけれども、被告会社の総務部長吉田耕造が出席株主の議決権数の過半数に達する賛成の委任状を所持して出席していた関係上、代表取締役社長高見重雄が議長として開会を宣し、本件(一)ないし(四)の各議案を提出し、監査役芦苅直巳が監査報告をなし、之に対し右吉田が賛成の意思を表明することによつて各議案が可決されたものである。
以上の認定に反し、同総会において開会を宣したのは右吉田耕造であり、議長となつた右高見重雄に対しては不信任案が可決され、従つて権限ある議長が開会を宣した事実もなく、各議案の裁決も全く行われなかつたとの原告主張事実を認定するに足る証拠は無い。従つて本件各決議の不存在確認を求める一次的請求は理由がない。
(原告の二次的請求のうち無効確認の請求に対する判断)
商法第二五二条所定の無効確認の請求をなすにあたつては、決議の内容が法令または定款に違反する旨の主張をしなければならないところ、原告の前掲事実摘示欄第五の二の主張は、かかる主張を含んでおらず、単に、議案の提出者の動機についてのみの主張であるから、事実認定をするまでもなく、原告の二次的請求のうち、無効確認の請求は理由がない。
(原告の二次的請求のうち決議取消の請求および三次的請求に対する判断)
右総会において議長不信任案の可決された事実を認定できないこと、および同総会において混乱のため十分な審議の尽されなかつた状況はいずれも前記のとおりである。又被告会社総務部長吉田耕造が各議案に賛成と反対の双方の株主の全委任状を所持して右総会に出席し、各議案に賛成の旨議決権を行使したこと、右賛成の委任状の議決権数は出席株主の総議決権の過半数に達していた事実は当事者間に争がない。而して証人吉田耕造の証言に依れば、同人は各議案に反対の議決権の行使をしなかつたこと明らかである。
而して右吉田耕造が各議案に反対の議決権による委任状をも所持して出席したことは、もとより妥当な処置ということはできず、右反対の委任状に付ては別人を代理人に選任することが望ましいことは勿論である。しかし結局は議決権の多少により裁決が行われるのであるから、右吉田の所持していた賛成の委任状の議決権が過半数を占め、之が行使された以上、前記の程度に十分な審議が尽されていないこと、及び吉田が反対の委任状をも所持し、且つその旨の議決権を行使しなかつたからと言つて、決議の方法が法令若は定款に違反し、又は著しく不公正であると観るに足りない。してみると本件各決議の取消を求める原告の二次的及び三次的各請求も失当と謂うほかはない。
よつて、原告の本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用については、民事訴訟法第八九条を適用して、全部原告の負担とし、主文のとおり判決する。
(裁判官 沢井種雄 道下徹 清水悠爾)